
まず本題に入る前に、関連してくる私の生い立ちについてお話させてください。
この業界に入る前は
普通のサラリーマンをしていました。
その時に交通事故にあい、首と腰を痛め、
それがきっかけで接骨院へ通院することになりました。
夜も眠れないくらいの痛みに悩まされていた私ですが、
施術を受ける度に改善していき本当に
「ありがたい」
と思ったことが今でも忘れられません。
この事がきっかけで、それまで何もやりたい仕事がなかった私が
「感謝されてなんて良い仕事なんだ!」
「私も感謝される側になりたい!」
と、思い転職を決意しました。
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10年の修行を経て開業
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ただ10年修行をしても
五十肩の治し方だけは解りませんでした。
五十肩って我々施術家のなかでも
難しい部類なんです。
自分の周りでは改善できる人がいなかった為、独自で研究を続けました。
しかし、改善はするが完全に。
とはいかない…
そんな壁にぶち当たっているところに、
私の五十肩の師匠に出会いました。
この出会いがきっかけで今までにない「変化」を出すことができるようになりました。
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どこへ行っても良くならないと
悩んでいる方は数多くいる
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腰痛・肩こりの専門家は数多くいる。
しかし、五十肩専門家はほぼいない…。
「私は困っている人の手助けをしたい」
なぜなら私自身が救われた経験が忘れられないから…
お客様は口を揃えて言う
「どこへ行っても良くならない…」
この言葉を聞くたび
施術家としては胸が苦しい…
そんな想いからいつしか
「五十肩を改善できる人を増やしたい」
と、思うようになりました。
まず、自分の院をしっかりやること
続いて、YouTubeで発信を続け、
少しでも悩み解決に使ってもらうこと
最後に、
私が「こだわる理由」は
五十肩で困る人がいない
環境作りをしたいから
そう想って、今も活動を続けています。
私の想い聞いてください!
私は、昭和52年5月1日に横浜市中区の本牧で産まれ育ちました。
現在は、鶴見区に妻と娘二人と息子の家族5人で住んでいます。
この界隈では2回ほど引っ越しましたが、もうかれこれ15年くらい住んでいます。
非常に住みやすくいい街で気にいっています。
趣味は、スノーボードとゴルフとサバイバルゲーム。
好きな食べ物は、ラーメン・焼肉・寿司。あとお酒も好きです。
嫌いな食べ物は、あんことゴーヤ。
子供の頃は怪我の絶えない子でした。
右肘の骨折2回。左拇趾の骨折。左肘の脱臼。左小指の脱臼。その他捻挫数回。。。
自分でもびっくりするくらい怪我してますね(笑)
でも、この経験が今は生かされています。
怪我をしたことで、患者さんの気持ちも解りますし、なにより教科書に載っていない施術の仕方を自分の身体をもって学べたことは財産です。より回復へのスピードを上げる事ができるようになりました。
一番身をもって勉強になったのが、開業2か月前に事件は起きました・・・
この時の一番の趣味のスノーボードをしていた時でした。

忘れもしないシーズン1発目。12月18日。
お昼休憩でビールを飲んだ後、最初の滑走でボックスに入った時のことでした。
その時、左肘にカミナリが落ちたような衝撃が!
そこで私は、時間がたつと入りづらくなるのが分かっていたので、痛みが来る前にエイッと整復したら簡単に入りました。
しかし、この後悲劇が・・・
入ったのはいいが、お昼に飲んだビールと運動していたせいで血行がいいこといいこと。
ドクンドクンが止まりません。痛みは増すばかり。。。
なんともない右肘はこんな感じです。

そして怪我したほうはこんな感じに・・・

脱臼するとこんな感じに腫れます。
しかし、自分で自分を治すとは思わなかったですが、しっかり治療した甲斐もあって驚異の回復スピードで治すことができました。
この経験があったからこそ、今でも早く治すにはどうしたらいいかを常に考え施術させて頂いています。
しっかりやれば、結果はついてくるものです。
結局、懲りずにまた行きましたけどね(笑)

話がそれてしまったので、戻します。
なぜ、私がこの業界に足を踏み入れたのかをお話したいと思います。
この仕事をする前は、運送会社に勤務しており、
フォークリフトに乗ったり、トラックの配車を組んだりしていました。
その頃23歳の時、車で信号待ちをしていた際、
後方より車に突っ込まれ交通事故にあい、

首と腰を怪我してしまい、
近所の接骨院に通うことになりました。
施術を受けた後は痛みが軽くなり、ありがたいと正直思いました。
お客様から感謝され、「なんていい仕事なんだ!自分も痛みに困っている人を助けたい!」と思いこの業界に飛び込みました。
24歳の時に会社を辞めて、保土ヶ谷にある歴史ある接骨院で修行させていただきながら、
25歳の時に新横浜にある「呉竹鍼灸柔整専門学校」の夜間部にて勉強して
28歳の時に国家資格である「柔道整復師」の免許を取得しました。
保土ヶ谷では8年半修行し、
その後、大田区の接骨院を1年半お手伝いさせていただき、
平成24年2月8日に「つくの接骨院」を開業させていただきました。
修行中は様々な痛みを訴えられる方が多く、
ひどい方は痛みのあまり横になることもできない方や脚を引きずってやっと歩いて来院される方も。
当初は、痛みを訴えられている場所を重点的にマッサージする施術を行っておりました。
しかし、どれだけ痛みに対して施術をしても完全に痛みを取り切れず、なかなか改善していかなかったのです。
本当に悔しいのと申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
国家資格を持ち、知識はあっても技術が伴わない、そんな状態でした。
それから必死に勉強し、ありとあらゆる施術法を学び、自分で考えながら施術ができるようになってきました。
そこで気付いたんです…
「痛みのある所に原因はない」
それからというもの、現場での症状の改善率が大幅に向上し、
多くの方から喜びの声をいただきました。
しかし、世の中の施術所では、まだまだ痛い所だけ施術をし、
結果、症状を改善できずその場しのぎの施術を受け悩んでいらっしゃる方が多くいます。
私は、自分の施術を通し、
整形外科や整骨院でその場しのぎの施術を受けてなかなか改善しない方や、
どこに行っても改善しない方を助けていきたいという想いがあります。
私の施術で痛みが改善し喜んでいただけた時の顔を見た時「この仕事をしていて本当に良かった!」とやりがいを感じます。
痛みがある為にやりたいことを我慢しなければならない。
そんなお悩みを抱えてる方を一人でも多く助けることが私の使命だと思っています!
この私の助けてあげたい精神が「五十肩専門」の基盤でもあります。
ではなぜ五十肩なのか。
実は治療家って数多くいらっしゃいますが、五十肩の施術が苦手なイメージを持っている治療家が多いんです。
腰痛専門・肩こり専門などはたくさんあるじゃないですか。
しかし、五十肩専門ってあまりというか、ほとんどないんですよ。
腰痛で困っている人に比べれば確かに少ないかもしれない。
しかし、悩みの深さは腰痛の人とそうかわらない。いや、もっと深いかもしれない。
そう思うとほっとけないんです。性格上。
先ほど述べた、肘を脱臼した時、私の肘は拘縮といってカチンカチンに固まります。
それをほぐす作業ってものすごい痛いんですよ。
私も涙を流しながら自分で自分の肘を曲げていました。
五十肩の方も固まっている人が多いので、関節を柔らかくしなければいけません。
時には、きつめにやらなくてはいけない時もあります。
しかし、私はどのくらいの強さなら大丈夫という感覚はわかります。
身をもって経験していますから(笑)
でも、その時と違い私にも知識と経験が備わっています。
なるべく痛くしないでほぐす技術も現在は兼ね備えてます。
なので安心してください。
ここまでの話を聞いてみてどうですか?
「もうこの症状は改善しない」
と、痛みのせいでやりたいことを諦めている方がいらっしゃれば、
まずお話だけでもいいので私に会いにきてください。
私は誰よりもあなたの話を聞き入れ向き合います。
すべて悩みを吐き出してください。
あなたがまた好きなことを思い切りしたいという想いがあるなら、
つくの接骨院へお越しください。

店舗情報

- つくの接骨院
- 神奈川県横浜市鶴見区佃野町35-5
「JR鶴見駅」から徒歩13分
「バス停 佃野」から徒歩4分
※レアールつくの商店街のアーケードを国道1号方面に抜けて70m右手
☎045-716-8418
受付時間
【平日】
10:00~12:00
14:30~20:00
【土曜】
08:30~13:00
【定休日】
日曜・祝日 - 五十肩専門整体
- 横浜市唯一の五十肩専門院
※その他症状も対応可
・完全予約制
・近隣にコインP有
・クレカ・電子マネーOK
【ご予約方法】
・公式LINE
・電話 - 院長のプロフィール・実績
- 澁川忠寿(1977年生まれ)
・資格:柔道整復師
・臨床歴:25年
・開業15年目
メディア出演
・ラジオ:金沢シーサイドFM
・本:全国誌「はつらつ元気」/地域誌「ハマサキマガジン」
・WEBサイト取材:ナビゲーター大西結花
・治療家YouTube:主任キッチン
活動
・施術者向け五十肩技術セミナー
・全国五十肩MAPの作成
・治療院コンサルタント
・五十肩用「入浴剤」の開発







